議員活動

 別段、一区切りなどと考えて回想するわけではないが、この時期は尾鷲のことではヤーヤ祭りで何かとそのなかに入り込んでいるが、やはり、17日前後にはTV等マスメディアが平成7年(1995年)に起きた阪神淡路大震災を追悼する番組が多く、身近でも忘れることなく話が出る。

 この尾鷲にいても体感したことは、のちにTVで崩壊した街や大火を見ることにより天災の恐怖をまざまざと身にしみたのであった。地震が身近な出来事だとの思いが、これまでにないような衝撃を受けた。子どもの頃伊勢湾台風が目の前で起こっていたような恐怖も憶えているが、地震は一瞬のうちで天と地を変えてしまうくらいのエネルギーがある。それに津波がともなえばと考えると・・・
 最近の尾鷲での「津波警報発令」時でも、しばらくはトラウマ的な反応をしてしまうくらいであるから、阪神淡路地域の人たちの復興への希望と小さなことでも怯えてしまう不安が心の葛藤として相当なものだったろうと察するのである。だから、共通の意識の中に「歌」があったり、シンボル的なものが心の支えとなるのだろう。



 小生が議員となったのはその前年の平成6年12月からで、満44才だった。小生はそれまで自治会活動やイベント運営、或いはPTA活動などを行ない、住民自治や環境問題、それにまちの活性化と家にいる時間がないほど民間での活動を行ない、それに加え趣味のビデオ撮影とかを行なっていたので、当時は防災や減災と言えば伊勢湾台風や三重県南部集中豪雨のような災害で、地震や津波については余り関心がなかったのである。
 
 しかし翌年、阪神淡路大震災の悲惨さを痛感した小生が、初めて一般質問をおこなうのに真っ先に選んだのが、「(災害などの)緊急時の市役所の初動体制の確立について」であった。たぶん自治会活動やそれに付随する福祉関連活動が様々な人々の生活を身近で知るきっかけとなったからであろう。一つの目安となるものがいるのである。それを何時も思うことは、緊急時にどう身を守るかと言うことと同時に、身内との連絡が何よりも大事だからである。行政がしっかりしていれば、一つの目安となるのである。

 この一般質問の成果は、職員全員による早朝からの庁内初動訓練に始まり、手引き書が作成され、のちに、防災センターが設置された現在の尾鷲市の防災体制へ展開したのだと、あくまで自画自賛ではあるが議員活動の成果を個人的に自負しているのである。

 議員活動というものは、過去の行ないが生きてくるもので、自治会活動のおかげで福祉や環境問題、そして防災などが分解して分かり、簿記の検定や民間での経理、監査業務が市の財政をチェックするのに生きてくる。また、過去の経歴が水産業などに興味をおこさせる。でも何より、住んでいる地域の自治でも祭りでも何でも、気さくに奉仕することへの参加が知るということにとって一番のようである。

 しかし現在の大きな問題は、尾鷲市の財政が危機なのである。国をも含めて日本全国どこも不安定な状況にあることは事実であるが、小生らにとっては何よりも尾鷲である!

 この財政問題は災害とかとは違うが、危機であることには違いない。来たる市長選挙でも主たる政策のなかに財政再建と、事業には財源を明確にすべきだと考える。しっかりした根拠を示していただかないと困るし、この財政問題が議会においても、施策の賛否に避けて通れない判断基準となるだろう。ならなければ尾鷲市に明日はなくなるのである。
[PR]

  by mikikazu82 | 2008-01-19 13:01 | ミキカズの四方山話

<< 朝日町を散策する。 世界遺産《子ども大使》フォーラ... >>

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE