尾鷲市長選挙の行方 その顛末記 2

 尾鷲市長選挙としては過去最低の投票率68.83%というなかで、市民が選択したのは変革であった。

 この結果は多分にこのまちの景気の悪さ、閉塞感であろうと考えられるが、財政力のない自治体では人口の減少が続く限り不変の憂いである。




 だから、現任者は産業振興こそがまちづくりと考えたのであろう・・・、これも間違いないことである。ただ、設備投資をおこなった場合は自治体にとって市債(借金)が増えるリスクと効果時期が見えない不安がある。自治体がおこなう設備投資は減価償却勘定が存在しないからである。しかし、前北川三重県知事の投資は今となって評価を得た。得てして歴史とは後の時代に語られるようなものであろう。
 ただ言えることは、投資効果が見えてこない以上、引き続き尾鷲市の舵取りを続けられていたとしても自ら財政運営対策への苦慮は避けられず、総花的に全体を削減するような予算編成にも限界が来ていることは財政を見通せれば一目瞭然の現状でもあった。
 活性化について、市民に数字で到達点を示せないことは投資に対する批判とか投資効果への疑問論議となる。それくらい産業へのインフラ整備は難しいのである、あちこちで行政が産業整備として投資した商業ビルなど大都会以外ではやはり投資のみ(公共事業)の結果が多く出ている。

 新任者となろうとしている奥田尚佳氏は、市の景気を取り戻したい、起業を促したい、公共施設(学校)の耐震化を早く行ないたいと訴えた。前任者と何も違わないように思う!はっきりと違いを出したのは財政再建をしたいということである。夕張化を阻止したいとう言葉はここにある。そう有権者の思いを集約すると彼への期待は財政再建なのだと考える。

 このことは今の尾鷲市では矛楯したことである。確かに、特別職の退職金を廃止する!この戦略は理解しても、この節約した退職金(4年に1回)を何処かの歳出で使えるような余裕など無いはずである。学校の耐震整備とて設備投資と同じなのであるから、短期間でやるからには他の一切の公共事業を止められるか、それくらい財政はひっ迫している。いま始まったことではない、ずっと指摘し続けてきていることだが・・・。

 総じて市民サービスを低下させずに重点施策ができるのか、それとも市民にサービスの低下を承知していただき重点施策を到達させるか、それくらいの瀬戸際に置かれていることには違いない。

 まだまだ尾鷲市は住民サービスができているほうである。1万人以下の小さな自治体では公共事業もほとんどなく無く、道路整備も材料が支給され自分たちでコンクリートを打っているまちがあるくらいだからだ。

 まちの活性化と財政再建のシナリオを何も見ないまま、変革の言葉だけが一人歩きしてしまったような気がする。せめて「その顛末記 1」で綴ったように市長選挙の公開討論会、それも財政再建のシナリオを示したマニフェストを公開していただき、この目で確と見たうえで考える機会が持てなかったことが残念だったように思える。

 「2008年、政策論争のないまま首長の交代劇(選挙)があり、変革が起ころうとしている」と、その変革へのいくらかの期待を持って、小生の尾鷲市史に記しておこう・・・

 そして小生としては、新任者の言う「尾鷲を変えよう」、黒塗り車や退職金発言など意気込みは理解できるが、いわゆる変革とはどういう方策なのか?少なくても財政が上向きの状況を示す再建シナリオが見えてくることを到達点として紐解いていきたいと考えるのである。

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  by mikikazu82 | 2008-03-24 22:59 | ミキカズの四方山話

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