『活用力』って・・・

 今朝、食事をとりながらTVのニュースなどを見ていたら、教育現場における活用力が取りあげられていた。

 よくよく説明を聴いていたら、これまでの「応用する能力」にすぎなかった。最近、日本語の使い方が変わってきたことは確かである。小生らの高校時代でも「古典」という授業は、この歳になれば意外とノンビリと興味が湧く分野のように思えるが、当時、理数系の好きなことに比べれば言葉など現代語でいいのではないか!と面倒くさいと思っていた。例えていることのニュアンスは少し違うが、日本語は難しいのである。

 これまでの地域の古老や縦割りのガキ大将集団のなかで遊びや文化、あるいは祭りなどが受け継がれていた時代が一時期途絶え、ここ何年か教育の中で、総合学習において小・中学生が地元の文化や地域の人との交わり方が復活してきた。

 小生らの小・中学校生、あるいは高校生時代は先輩・後輩の立場が明確のようであった。そこにいろいろと知恵が生まれてきたように思える。如何せん、田舎の野蛮な愛情が存在したバンカラな最後の時代を生きてきたからである。昭和30年前後生まれの輩から確実に教育が変わってきたように思える。そう、いい意味での「野蛮な愛情が存在したバンカラ」要素が消え、都会ナイズされた、ある意味、合理的で悪く表現すると自分自身がよければいいような時代へと化したように思える。それは人口も増え、所得も増え「相互・互助」がいらなくなったことや子どもを学習やピアノなどの習いものという塾などへ通わし、地域での年齢間を隔てた仲間との遊びが無くなったことは、「応用する能力」が養われる時間を失わせていたのかも知れない。

 いま活用力をどうするかなどと言い出してきた。単純に言えば学校で習った計算式を何処で活かすかと言うようなことである。今朝の例の取りあげ方は、子どもたちの大好きなゲーム機をヨーロッパの広告を使って関心を持たせたうえで、ユーロを円に換算させることと値段の価値を考えさすことであった。関心のあるゲーム機をユーロで表示している値段が日本円では幾らか?その価値観は?であり、そこには換算するために掛け算が必要となり、子どもたちは他にも日常何気なしに使われているオモチャや日本製品についても調べたいと展開する授業の様子としてTVに映し出されていた。この番組は教師の指導力問題として取りあげられていたが・・・、中身は小生らの時にあった何でもないような知恵の活かし方であり、友達とあれも知っとるこれも知っとると自慢しあって分かってきたようなことで、手に持って無くても知っていること自体が自慢のようで、そのことがいろいろと学ばせたように思えた時代あった。何でも簡単に手にはいるということは、たいへんな時代なのだなぁ・・・、と思った。

 そこで活用力である。小生イベントとか祭りとか、ある意味、活性化という言葉のなかで年中まみれているような人間にとって思うことがある。それはみんな素材について言葉を持っているが、それをどう活かすかという議論の展開にあまりなっていないように思う。
 海洋深層水・熊野古道・ヤーヤ祭り・巡航船・世界の椿園・尾鷲ならではの古民家・・・etc、食材は夢古道おわせのランチバイキングとなった、海洋深層水も徐々にではあるが様々な商品化がしつつある。集客交流を目指すなかでパイを大きくするには宿泊施設をどうするかなど、話題を提案する人は多くいるが・・・では目的地は?最終的に辿り着くところは?など、みんなが知っている、提案している素材を活性化策として料理するのが活用力ではないか!

 ・・・などと、ふと考えてみた。イイものを持っている人やイイ考え方をする人はいるのである。それをどうするかという議論をあっちこっちで、時に真面目に、時に酒の席で好き放題にやり、やっているうちにふと目覚めるのがいいのかも知れない。

 寝起きに、まだ夢の中にいるみたいなことを勝手に言っているのかも知れない・・・

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  by mikikazu82 | 2008-04-22 08:53 | ミキカズの四方山話

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