福田首相のサプライズ辞任から・・・

 今朝の大手新聞の「アングル」というコラム欄に福田首相の辞任劇が語られている。タイトルは「最後のぼやき 美しくない」である。ある意味、日本人の美徳とする「立つ鳥跡を濁さず」に通ずる気質を諭しているように思えるが、「“なり際”が悪かった人は、やはり引き際も悪かった。“日本をこうしたい、こういう政策を実現したい”という考えがないまま首相になってしまった。就任した際も“これから勉強します”という発言を繰り返していたが、首相になったら何をしたいか、そんなものは政治家になったときからあってしまるべきで、非常に驚いたことを覚えている」とも語ってる。

 その人は「さわやか福祉財団」理事長の堀田 力さんである。言わずと知れた東京地検特捜部検事時代にロッキード事件を捜査・公判を担当したお方である。さすがに信念を貫いた人の話である。

 そして、「結果を出せなかったことで相手のせいにして最後にぼやくのは美しくない、無策ぶりを露呈したような退陣表明であり、どのように聞いたかというと、“言い訳が耳についた”」と述べている。

 どんな辞め方についても、「解散・総選挙での大敗をも考えれば、それを避けただけでもまだましとしているが、結局、首相になったこと自体が間違いだったのだろう」と語っている。立場は違うが、ロッキード事件との間接的な関連を持つ田中真紀子衆議院議員も一年前のTV番組「みのもんたの朝ズバッ!」で、福田首相を称し「今がピーク、これからは下り坂」と語っていたのを思い出す。

 「最後の言葉」は「最後の言い訳」ではなく、「課題解決のための明解なメッセージを残し、その種をまいてから去ってほしい」とコラムは締めくくっている。


 コラムを読んでいて個人的に思うのであるが、どんな役職も、その役職に相応しい器(器量)かどうかは自身では判断できないこともある。しかし、そうなった以上は少なくても何をしたいか、今、何を何処に導くかはいつの時でも持っていたいもので、自分の思い以上に何かが重く伸し掛ってくるか分からないからこそ常在戦場なのである。真面目な人イコール(=)リーダーでもなく、リーダーは順番で生まれるものでもないのである。

 何処の如何なる組織の長であっても、何ごとも見極めた言動をとることが不可欠なリーダーの条件のように思う。リーダーのその一言や対応により部下や組織の人々の評価まで下げてしまうことを肝に命じていることである。

 そしてリーダーには、強いリーダーシップといろんな意味の潔さがいるのである。いろいろなことに勝ち負けは生じるが、それはその人のエピローグ(最終章)までのプロローグ(序章)にしか過ぎず、要は結果をだすことである。だから果敢に挑戦して負けた相手の方が評価を得ることもあれば再認識されることもある。勝利(役職を得る)だけではなく退き際の美学を持ってこそ、その人のエピローグが綴られ物語が完成するのである。

 時々、著名人のコラムなどを読んでいると感銘することや、そうなのか・・・などと考えているうちに自身の雑感が頭を巡ってくる。

 世の中は、総じて優秀な人ばかりになってきたように感じるが、際だったリーダーシップを持つ人材が見あたらないようになってきている。国であっても地方であっても、幾ら不便さを感じないからといっても100年の計を考えれば誰でもではなく、カリスマは必要なのだと思う。

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  by mikikazu82 | 2008-09-04 09:50 | ミキカズの四方山話

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