新町の集い ~ 活力 ~

 9月15日(月)に行なわれた八幡神社祭禮の反省会が行なわれました。

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・・・と言うより、気持ちは来年の尾鷲神社祭禮を語り合う新町町頭連であります。約40年ぶりに「宝来栄」を復活させようとしているので、右側にいる連中は興奮しています。些か無謀な出発のようにも思えますが、物事は動き出さねば始まらないのであります。
 無理難題を活力として達成感を求めることにより、明日のまちづくりの活力にするのみかも知れませんが、時には計算尽くの人生より楽しいかも知れません。やるしかない!

 確かに神社の祭禮に関連する行事ですが、観光資源の乏しい本市では集客交流を総合計画に掲げてもヤーヤ祭りやハラソ、或いは九鬼町の祭りなどメディアに取りあげていただき郷土の文化や芸能と同等の表現をしていただき集客の手立てとしている現実があります。また、神楽等も本質的な役目を怠らず、文化芸能的要素を併せ持ち後継者育成し伝統を承継しています。

 しかしながら行政では、何も書くことがないとこれらを総合計画で軽々しく描きながら、実質的には自分たちで建設的な取り組みをできもしないのに、やれ「政教分離」などを体裁よく言ってみたりしている。そう言うヤツに限って自身何もまちおこしなどできない輩のようである。言葉を並べてみたりするのが行政と勘違いをしているようで、今の時代における発想の転換もできずノウノウと机上の理屈だけで悦に入っている職員がいるようだ。議員という立場にいると制度として「1年でも民間で働かすべきだ!」と以前にも言っていたことを考えてしまいます。




 尾鷲市に限ってはトップ次第とも言えますが、時代の変革についていけない幹部職員も職員で、その下にいる部下も建設的にそれでいて柔軟性のある発想を市民のために提供できる職員に育たない!と嘆くのであります。

 今の時代、祭りのみでなく、「葬儀」でもその部分にある「お送り」でも文化として人の目を心を開かさせています。これは例えですが、こんな発想の転換をしない限り、分り易い第一次産業くらいを資源としか理解できないし、新しい資源開発などできっこしないと議論をする気持ちも失せてしまいます。やはり人材不足なのか・・・、いやいや、イベントや行事などを一緒に行なうと、よき素材を持ち併せた若い職員がたくさんいると感じる。そうなると幹部職員次第なのだろうかと言うことで、接してみた幹部職員の発想の豊かさをチエックしても、自惚れにも自身のカラーのうちしか発揮できない者は他人の心を動かせないのである。

 今の尾鷲市では、有形・無形にかかわらず資源として生み出し生産性を結びつけていくことが産業を創造させることを、日々の仕事の根底におくべきである。そうすれば、ある日何でもなかったことが、何でもなかったものが資源としてまちに潤いをもたらす・・・、そんな職員の発想の転換が全国の自治体で生まれている事例を目にすることがある。そんな発想の豊かさがほしいし、そんなことを若手職員に身につけさすような育成をする幹部職員がいると楽しさが広がるはずであり、いつかユニークなまちおこしに展開するかも知れない。

 上記の話は小生の妄想かも知れないが、兎に角、頑張れ!尾鷲市若手職員たちよ。「事勿れ主義」な古参や中途半端なやる気しかない中堅などは気にせず、あとは君たちの発想の転換を生かすしか尾鷲を救えない。

 話が逸脱したようだが、小生の何でも料理したがる癖(発想性)である。

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  by mikikazu82 | 2008-09-27 01:14 | 地域コミュニティー

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