「市民目線で・・・」と言う考え方。

 昨日の尾鷲市議会は生活文教常任委員会(委員長/三鬼孝之・副委員長/端無徹也・委員/神保美也・内山鉄芳・高村泰徳・與谷公孝・南 靖久の7名)が開催され付託議案等について審査された。

 昨年、理不尽な割り振りによる委員会構成から、小生らの会派(自由クラブ)4人全員が同じ委員会所属であったが、むしろ委員会議論を行なう前の事前調査や添付資料など、委員長だった南 靖久議員が委員の意見や要望などを吸い上げていたことから、委員会での質疑応答はどの委員も一貫性があり、委員会の総意で方向性を決めていく傾向にあり充実していたように思った。

 今年度は、全く常識的な委員会委員の割り振りに協力したことから、両委員会とも議論の収集について流れが変わってきたようである。委員会運営については、委員長は元より委員の発言により議論の流れは変わってしまうことから、方向性について、議論なかで阿吽の呼吸で委員全体が理解できるときと、採決まで持ち込み決めるなど、委員会に参加したり傍聴していて気づいた。委員構成によりこうも違うものだと感想である。

 ただ最近考えるようになったことはその決め方である、いわゆる「市民目線とは・・・」である。
 
 少し前に総務産業常任委員会での賀田区民の新規採石業に対する反対陳情に対する審査で、端無徹也議員が一方では産業振興と言うことがありながらも住民感情を重視した議論や、今回も生活文教常任委員会で障害者関連団体による弱者の願いや地元で開業する医師などが互助制度として活用している、全く常識的に理解できる共済制度の存続についての願いを、国が決め事だからと難しく考えず、あくまで申請者の気持ちを重視した考え方の議論が中心となったことである。

 元々、「市民目線」「住民目線」と言う表現は南 靖久議員の受け売りであったが、尾鷲神社で神社総代としてヤーヤ祭り等の改革など10年間、共に汗を流させていただいた北村道生議員なども含め、尾鷲市の行く末を真剣に考え議論するとき、地方では政治色のある党とかの枠ではなく市民党、あるいは住民党として志が同じであることが大事なことであると考えるのである。そしてそのことが市民(住民)目線なのだと思った。

三重情報(尾鷲発のブログもたくさんあります)は、ここから・・・056.gif
全国市町村議会議員の活動報告は、ここから・・・029.gif
[PR]

  by mikikazu82 | 2008-12-19 07:42 | ミキカズの四方山話

<< 尾鷲市議会/第4回定例会が閉会... 総務産業常任委員会が開かれました。 >>

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE