知っていますか? 『おわせの浦村』・・・って、

e0111346_9493843.jpg  おわせの浦村・・・って、みなさんは知っていますか?
 小生にマイブームの中には「郷土の見直し」があり、いまや文化といわれる郷土の祭りや芸能などを理解するには、先ずは郷土の歴史を知らないで何を語れましょう・・・かと言うことであります。
 
 この書籍は昭和52年10月に、当時の郷土資料館館長/伊藤良氏(故人)が編集し尾鷲市郷土資料館友の会が発行したものです。

 何かに触れるたびに小生の年中マイブームである「郷土の生い立ち(歴史)」がベースでないと史実が歪んでしまう場合があります。特に、祭りなどは「豊漁・豊作」あるいは「安全・多幸・・・」を祈っているように、明日への願いがこめられているものがほとんどですから、そこに「天・地・人」の関係が大きく左右しているはずであります。

 中国では古来より事を成就するのに必要だと言われてきたのが、「天の時」「地の利」「人の和」である。「天、地、人」は世界(国・まち・浦村)を形成するものとして「三才」といわれてきた。

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そこで尾鷲の浦村とは・・・、
 
 尾鷲市には明治初年、二十三の浦村が存在しました。この書籍には各浦村の特徴や、なかには江戸時代からのしきたりが、そのまま引き継がれていると言う話やその他興味深いものが綴られ、地区の往時を知ることができる郷土史の原型のようなものです。


 この書籍の構成は、「おわせの浦村」として、北は須賀利浦から南は梶賀浦までの二十三の地区が詳しく説明されています。また、「市史余談」として、上古から鎌倉期までは志摩国英虞郡(あごごおり)に編入された余戸(あまるべ)郷と呼ばれ、熊野灘に面する地区では伊勢神宮へ塩を奉納した御厨があったようですが、天正2年(西暦1582年)に新宮の堀内安房守がこの地域を攻略し、それ以後、荷坂峠より南が紀伊ノ国となったようです・・・、などなどが書かれており物知りになりますよ。

 そこでこの市史余談のなかに「尾鷲節」も詳しく書かれていますので、いま一度郷土の宝の一つであります「尾鷲節」の古典を知っていただきたいと思います。

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  by mikikazu82 | 2009-01-21 10:44 | ミキカズの四方山話

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