なしょまま倶楽部って・・・

 なしょまま倶楽部って・・・、誰も知らないだろうと思う。「なしょまま」は、ご存知のように尾鷲節の元唄・・・と言うより、この地に落ち延びてきたと伝えられる真田一族の哀歌と考えるほうがいいように思う。

 小生が、尾鷲青年会議所の連中が行なっていた全国尾鷲節コンクールを正式に手伝うようになったのは、第7回大会からで、そして第8回から第10回まで実行委員長を務めたのである。

 その頃の地元新聞では、第8回大会では「尾鷲青年会議所事業として、始めて会員外の実行委員長として自治連合会長の・・・を抜擢!」とか、第9回大会は「尾鷲市民文化会館のオープニングイベント全国尾鷲節コンクールの実行委員長に自治連合会長の・・・」、第10回大会では、「全国尾鷲節コンクールはボランテイア組織で開催、その実行委員長に自治連合会の・・・」などとのっていたように思う。小生、議員となる前の40才そこそこの「ひょっとして人生で1番充実していて面白かった時代かも知れない」し、のちに伊勢市で行なわれた平成6年三重まつり博なども演出し、数年後には県が行った平成12年の東紀州体験フェスタの事業として提案した「全国民謡サミット」は、当時の北川知事にも絶賛していただいた思いがある。もちろん、今も続いている全国尾鷲節コンクールは、今年で第25回目を迎えるのである。

 そのときからのいわば戦友みたいな者たちが、メンバーとして集まっているのがなしょまま倶楽部なのである。初めは全国尾鷲節コンクールが終わり、次の実行委員会が立ち上がるまでの繋ぎ役として存在していたものが、一応の役目を追え親睦会として年に何回か集まるのである。

 食べて飲んで、世間話をしてなのだが、いざ!何かを始めようとすると何でも出来てしまう面子がそろっているのである・・・が、歳を積み重ねていることも事実である。

 そんな親睦会が昨夜あり、久しぶりに年齢(最高齢と最低齢では10歳くらいの開きがある)とか役職とか職業とか関係なく、楽しんだ・・・

 メンバーについては、そのうちに写真入りの記事の折に紹介することにしよう。

三重情報(尾鷲発のブログもたくさんあります)は、ここから・・・056.gif
全国市町村議会議員の活動報告は、ここから・・・029.gif
[PR]

  by mikikazu82 | 2009-02-11 16:02 | ミキカズの四方山話

<< 梶賀地区で懇談会を行ないました。 議会が、奥田尚佳市長に辞職を申... >>

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE